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運命
    2007年 06月 27日
日記に書きたい事はたくさんあるのですが、今日もこの間の週末のゲイパレードの話を書こうと思ったのですが、父親がメールにて下記メッセージ(著者不明)を転送してくれて、当たり前の事で分かっているはずの事ですがちょっと感動してしまったので、皆さんに感動の押し付けを。言うは易しではあるけども、おっさんになっても行動力で道を切り開いていきたいな、と。てへ(おっさん風)。

・・・ふぁびパパよりのメッセージ・・・

「良い出会いが 運命を開拓する 」
 
「運命」という言葉を聞くとき、なんとなく身構えてしまうことはありませんか。
「運命」という、どうすることも出来ない力で、決まった道筋を引きずられて行くのが人生だと信じている人もいます。また、生年月日によって、その人の一生はすっかり判るなどと広言している人さえいます。
 しかし、変えられない決まった定めを言うのなら、それは「宿命」のこと。運命とは、舵取りが可能な人生の行き先にほかなりません。そのことを、私たちは普段の生活の中でどれほど深く自覚し、困難な問題が生じた際などに、どう行動に出ているでしょうか。
 Aさんは四十代の半ばに脱サラをし、友人の薦めで小売店を始めました。周到に準備をし、威勢よく店をオーブンしたのですが、客足はすぐに途絶えてしまい、店には閑古鳥が鳴き始めました。
不調のまま一カ月も過ぎると、彼は「こんな店を始めなきゃよかった。熱心に薦めた友人のあいつが悪い」「この店はもともと立地条件がよくないんだ」「そういえば開店の日が仏滅だった、あれが悪かったんじゃないか」などと考え始めました。そして「なんといっても運が悪いんだ!」と、ついには不調を「運」のせいにする有り様。Aさんは、何か自分に都合の悪いことが起こると、誰かの「せい」にする病気、いわゆる「せい病」に罹ってしまったのです。

その後も、自分自身を振り返ろうとはまったくせず、みじめな思いは更に募り、不調は長引くばかりだったといいます。「せい病」という心の病は怖ろしく、普段から注意していないと私たちもつい陥ってしまうことがあるものです。
 運命はこれから先、いかようにも変えることが出来るのです。文豪の幸田露伴は、次のように述べています。
「運命は全く前定して居るものとすることは虚言であります。又全く前定して居ないと申すのも虚言であります。一半は前定して居る(宿命)と申して宜しい。然し一半は心掛次第行為次第で善くもなり悪しくもなると申して宜しい。天然自然に定まって居るものを先天的運命(宿命)と申しますならば、当人の心掛や行為より生ずるのを後天的運命と申しませう。自己の修治によって後天的運命を善きが上にも善くし、或は先天的運命の悪いのを善くして行くのが、真の立派な人と申しますので、歴史の上に光輝を残して居る人の如きは、大抵後天的運命を開拓した人なのであります」
(カッコ内は筆者補足)
 運命が開拓できるものならば、幸運を招く秘訣は何でしょう。その一つは、より良い出会いにあります。人との出会いはもちろん、物や場所、道具や情報や、さまざまな出会いによって人生は築かれ、これからも築かれ続けていきます。
 良い出会いに恵まれるポイントの一つは、心を明朗に保ち、行動に現わしていくこと。朗らかな声を出す、上を向いて歩く、胸をはる、体を動かす。とにかく動くことで、今の自分に変化を起こす。「やらねば、できない。やれば、できる!」です。
by toshiyukimatsui | 2007-06-27 02:21 | NY
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